ゲームにおける「恒久的な死」について考える

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いい機会なので「恒久的な死」とroguelikeを含むゲームの関係について考えたことをメモしておく。

(これはRoguelike Advent Calendar 201416日目の記事です。)

いきさつ

きっかけは以下のつぶやき

ローグライクとはそういうものなのである、じゃなくて、積極的に死んだら全ロスト/毎回LV1からスタートすべき明確な理由、言い換えればそういう設定の方が面白い理由を盛り込まないといけない筈なんだけど、割と理不尽さしか感じないロストはあるし君達私が課金したパネローグの悪口は止め給えよ!

よくroguelikeゲームの特徴として「恒久的な死」(死ぬと最初からやり直し)が挙げられるけど、考えてみればそもそも初期のゲームは恒久的な死が一般的。ブロック崩しもインベーダーゲームもゲームオーバーになったら次のプレイは最初からだし、その前のピンボールゲームも同じ。

つまり、「なぜ恒久的な死ではなくなったか」を考えた方がよさそう。

理由

で、なぜ恒久的な死を回避できるようになったかというと、恒久的な死のコストが高くなりすぎたってことだよね。

その理由としては、「単純にプレイしている時間を楽しむ」ということから、ゲームクリアを目的にするようなゲームが増えてきたと言うことだと思う。プレイ回数に対して課金されるアーケードゲームの場合、プレイしている時間を楽しむだけならコンティニューは不要だったのだけど、ドルアーガの塔みたいにクリアという概念があって、それを目標にするなら、コンティニューした方が目的を達成するためのリソースは少ないことになる。

roguelikeと恒久的な死

roguelikeはどうか。元祖であるrogueは、クリアという概念はあるのだけど、あまり重要視されていない感じがある。どちらかというと高得点を目指す感じ。そしてクリアを狙うにしてもプレイ時間がそんなに長くないので恒久的な死のコストはそこまで高くない。

ところが、その後roguelikeの発展と共にゲームのボリュームが増えて、プレイ時間が長くなることで、恒久的な死のコストがどんどん上がっていってしまっている。しかも、恒久的な死のコストが高いが故により慎重なプレイが必要になり、さらにコストが上がるという悪循環に。

*bandは恒久的な死でなくてもいいんじゃ?

それでもNetHackとかは環境が基本有限なのでまだましだけど、*bandは環境が無限なので、特に高速クリアを目指すとかしない限りはプレイ時間がどんどん長くなるし、アイテムコレクション的な要素もあったりする。

もともと*bandはroguelikeでも少し特殊なシステムと言われているのだけど、このシステムだと恒久的な死って不要じゃなかろうか。

もちろんある程度は死のコストが必要。例えばドラゴンクエストは死んでも所持金半減で城に戻るだけでゲームを続行できる。*bandも何かこのような、そこそこのコストでゲーム続行できてもいいんじゃないかな、と思う。どれくらいのコストがいいかは自分があまり*bandプレイしてないので分からないのだけど。

終わりに

全然まとまってないけど現時点での考えていたメモということで。

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